| BLOG TOP | 地図& en=gawa 利用案内 スケジュール |  |
検索 | RSS | ATOM |
”くちをぬぐう”ことと”ことばにできなかった”ことのあいだには
決して語らないことを"墓場まで持ってゆく"という言い方がある。
自分の個人的な事情や思いをなにもすべて人前にさらけだす
ことが潔いとはおもわないけれど、そういうときの秘密というものは
おおかた歴史的な評価を左右するほどのことが含まれる。
 


なかでも語らなかったことで知られるのは瀬島龍三など
大東亜戦争当時の大日本帝国大本営作戦参謀がいる。
指揮を執ったものが情報を公開しなければ全体像は
いつまでたっても藪の中、そこから学ぶことも出来ない。
もちろんすめらみことと呼ばれたあのひとも。

昨日座・高円寺では戦後65周年記念特別企画
日本とアジアの戦争記録映画と戦場体験者の声を聴く
というイベントがあった。

午後のシンポジウムに参加した報告をすこし。
テーマは『戦場を語り継ぐ』

谷口末廣さん89歳、黒田千代吉さん86歳、猪熊得郎さん82歳。

s-2010Aug10 元兵士@座・高円寺&夜景 002.jpg

谷口さん、戦闘ではなくひたすらフィリピン・ミンダナオ島の
ジャングルの中を敗走し飢えと戦った体験を話される。

追い詰められたある日、友軍の食料を分けてもらって
めずらしく肉を口にしてうまいうまいと食べた。
その近くにはももをそぎ取られた兵士の死体があった。

s-2010Aug10 元兵士@座・高円寺&夜景 004.jpg

黒田さん、ことばに詰まりながら一度だけ命令で中国人捕虜を
銃剣で突いたときのようすを語ってくれる。
広大な中国大陸をひたすら徒歩での行軍、いちども銃火を
交えなかった、とはいえ飢えと恐怖にさいなまれての
3,000キロがどれほどのものか想像もつかない。

s-2010Aug10 元兵士@座・高円寺&夜景 007.jpg

猪熊さん、82歳となかでも若いのは15歳で少年兵を志願したから。
愛国の情熱に燃えて親の反対を押し切って兄に続いて兵士に。
その兄は回天特攻白龍隊員として18歳で戦死している。
2年間のシベリア抑留から帰ってきたときにはまだ19歳だった。

s-2010Aug10 元兵士@座・高円寺&夜景 011.jpg

会場からの質問;
・過酷な条件におかれたときに、どのようなことがこころの
 支えとなりましたか?

谷口さん、大勢の餓死者が出たフィリピン戦線にあって
所属した8名のうち2名は病気で後方の大隊へ戻し
6名を全員家族だと思い、助け合い励ましあって最後まで
いっしょに行動し、投降して捕虜となって全員助かった。

黒田さん、出征するときに母親が両手を包んでくれて
生きて帰って来るんだよ、父もおばあちゃんもみな
そう願ってくれた、それがいつも自分をささえてくれていた。

猪熊さん、どうしても少年兵になりたいといってきかなかった
息子がいよいよ兵隊になるとわかったときに、父の見せた
しょんぼりとしたすがた、それが忘れられなかった。
なにがなんでも生きて帰って親孝行をしなければいけない、
そのおもいが自分を支えてくれた。
しかし復員する前の年に父は亡くなっていたことが残念でならない。

s-2010Aug10 元兵士@座・高円寺&夜景 014.jpg

また会場からの質問で「元兵士のかたは子どもや孫に
体験を直接語ってきたのか、そうしていればもっと世の中は
変わっていたかも知れない。そのことについての責任を
どのように考えているか聞きたい」というものがあった。

質問者の意図が読み取れなかったが、ようするに”不作為”を
問いただしているように聞こえた。
猪熊さんはこのようにいわれている。
"人間以下にならなければ戦場では生きてゆけない” と。
人間以下(そもそもここから想像に詰まる)になったじぶんの
姿を愛する連れ合いや子どもにぜひ伝えたいというひとがいたら
よほどの変人ではないかとおもう。
あなたはどうおもいますか?

水木しげるのゲゲゲ展が始まっている。
名作「敗走記」、「総員玉砕せよ」などは壮絶な画面だらけだが
水木さんによればこれでも真実から程遠い、と。
編集部でこれでは出版できない、と何度も書き直しを
させられたそうだ。

水木さんは戦後すぐから鬼太郎や戦争モノを描いている。
南方からなんとか無事に帰ることが出来た亡父は水木さんの
大ファンであった。

末端の下級兵士の不作為をだれが問い詰めることができようか。
責任、その語句を当てはめるべきなのは統治者であった
上層部ではないのか。
真実を明らかにするべきは歴史の表舞台にあってひとを
駒のように左右した責任者ではないのだろうか。

おろかな決断を繰り返さないためにも歴史の検証にすべてを
任せるべきではないか。
究極の情報公開。
事実を葬り去らないでほしい。
『責任』をつきつける相手を見極める必要があると
ことばの用い方を考えさせられた。

こうして直接にお話を聞きながらも、聞く人によってこうまでも
受け止め方がちがうものか、とそのことが印象に残った
シンポジウム、本日から会場はなかのZEROです。
author:信愛書店 en=gawa, 14:13
-,