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いま話題の「思想地図 beta#2」。

特集;震災以後。

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制服の高校生がごく当たり前のように
「大震災のあとにさぁ・・」
と友人と話していた。

一昔前は大震災というのは阪神淡路、を指していて、もっと前の
世代になるとそれは関東大震災のことだった。

大正生まれの亡父はその震災時にまだ幼くて、余震が続いたので
しばらくは庭ですごすことが多く、子どもだったからそれがキャンプ
みたいでなんだかうれしかったものさ、と言っていた。

その上の世代にもなれば深刻な体験も聞かされた。
墨田区で町工場を経営していた明治生まれの粋な老人に聞いた話は
下町で飛び交った流言飛語の類で、やれ朝鮮人が放火しただの井戸に
毒を撒いただのひどいことがあったそうな。
けれど日頃からそういう半島からきている人たちと分け隔てなく
付き合っていたその老人は(当時はもちろん若き下町の工場主だった)
危険を感じてその人たちを家の中でも奥まった部屋の押し入れに
かくまってやったそうだ。

その工場がずっと後になって廃業してからも、従業員やその家族たちは
(敷地内に住み込みの寮があったので、おおぜいの子どもたちも生まれ
育ったらしい)長いことその工場を懐かしんで毎年のように集まって
いたと聞く。

その工場主は誕生日が9月1日で、それが関東大震災の日と重なった
ものだから、それ以降の誕生日には祝ってもらうのではなく自分が
親族などおおぜいを招いてはみんなに御馳走をすることを楽しみに
していたそうだ。

数十年という月日を経て、大災害はひとりひとりの人生のなかで
とくべつな意味合いを持つようになる。
その意味は身近な家族、近しいひとにそっと伝えられるようだ。
幸いにもその貴重な遺産を受け取ったものはしっかりつぎに渡さなくては
ならない。

2011年3月11日はなかでも日本国の歴史に大きくて深い
楔が撃ち込まれた日として記憶されることになる。
書物はそのためにきっと重要な位置を占めるにちがいない。

その位置を占めることができないようなものは出版物というに
値しない、といったほうがよいのではないか、そんな気がしている。
author:信愛書店 en=gawa, 00:35
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