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煙突のケムリを見ると・・   釜石訪問記。
        煙突のケムリを見ると・・   釜石訪問記。

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東北新幹線08:54発やまびこ43はあっという間に新花巻まで運んでくれて、単線の銀河ドリームラインに乗り換え、雪深い遠野を過ぎいくつものトンネルを抜けて釜石に到着したのは14時近くになっていました。


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駅前には「新日鐵住金釜石製鐵所」の野太い煙突が二本、これでもか、というほどに煙のような真白い水蒸気をもくもくと昼も夜も休みなく吐き出しているのでした。
「あのケムリを見ると釜石のひとたち、安心するんですよ」 
釜石支援センター望(のぞみ)の代表海老原裕治さんが市内から大槌までを案内してくださる車中でおだやかに語ってくださいました。釜石支援センター望は震災後に日本聖公会が立ち上げた被災者支援活動を引き継いだかたちで、地域全体の生活支援を見据えた活動へとシフトしているとのことです。


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50年近く前にいちどだけ訪れたことがあった岩手大学三陸水産研究センターがいまも釜石湾を望む高台にあるようで、真っ青な海を眺めながら捕れたてのカンパチと、マンボウのお刺身を振る舞っていただいたのがつい昨日のことのようです。


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市内にある仮設住宅、復興住宅にお住いのみなさんと交流を続けて7回目になるというNPO法人むさしの児童文化協会の一行に加えていただいて、このたびの釜石訪問は実現しました。いつか、いちどはその場に立ってみたいと願ってはいても、おもうばかりで5年が過ぎようとしているときに、ご縁をいただいて体験した日々を振り返ります。

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まずはNPO法人事務局長でもある橋爪邦子さん率いる大道芸の出し物の練習からはじまって、南京玉簾、手品、パペットを手に腹話術、と芸達者な先輩たちに手ほどきをしていただきました。無芸ではなんのお役にも立たない、ということで与えられた課題が紙芝居。積み上げ噺『ジャックの建てた家』を寝ても覚めてもそらんじて練習しました。なかでも南京玉簾はたいそうむずかしくふしぎなほどに身につきません、そしてとうとう出発の日となったのです。


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訪問する11名のなかで初めてのメンバーは支援センター望(のぞみ)の海老原さんのクルマでていねいな解説を聞きながら釜石湾をぐるりと回り、北の大槌町へ向かいます。国道を行き交うのは土砂を積んだ超大型のダンプトラックばかり、生活の匂いを乗せた車両にはほとんど出会えないのでした。

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私たちが日ごろ口にする「まちづくり」には、ご近所づきあいをたいせつにしようといった「思い」が込められていますが、大槌の港に続く平らかな土地に数メートルにもなるかさ上げの巨大な盛り土が無機質に区画を切って居並ぶ光景に、「まちづくり」の生々しいすがたを見せられた気がしました。基礎を固めるのに5年が過ぎ、それでも先の見えない不安と苛立ちはどれほどでしょうか、言葉がみつかりません。

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都会の喧騒の中でかんがえる「まちづくり」は、ゼロからのスタートかもしれませんが、その地域だけ甚大な被害を受けた「まちづくり」は、大きなマイナスからスタートするという苦しみがあります。復興の担い手となるはずだった家族を失って、その悲しみの中から立ち上がらなくてはならない二重三重のハンディがありながら、おだやかにすごしたいと笑顔を見せてくれるひとたちに元気を分けていただいたというのが正直なところです。

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大槌に行きたいと願っていたのにはひとつわけがあって、今回は40年ぶりに旧知のご夫婦に会うことが目的のひとつでもありました。多くの犠牲者があったという大槌のまちで、奇跡的に無事だったおふたりに出会えた感激は忘れることができません。お互いに年を重ねて、果たしてすぐにわかるだろうかという不安はドアを開けたとたんに吹っ飛びました。40年前と全く変わらないヘアスタイルで現れたトミコさん、シュンジさん(ちょっぴり涼しげな頭頂。。)!抱き合って再会を喜びました。

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座長邦子さんのおはなし語り、若いナナエさんのみんなを輪でつなぐ手品、そしておぼつかない紙芝居「ジャックの建てた家」をぶじ披露して、難関の南京玉簾。あまりの不出来に爆笑また爆笑の嵐でした。。。みごとな座長の引き立て役といった塩梅に「そのままでいい=!練習するな!」とシュンジさん。(ご声援ありがとうございました〜)

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高齢の方が多いお茶っ子タイムにキラキラお目ゝのかわいいお孫さんがひとり。南京玉簾の「おさかな」〜「帽子」、に続いての謎かけ、お尻にくっついた〜なぁに?「パンツ!」続いてお胸にくっついた〜なぁに?大きな声で「こころ!」とモモちゃんが言ってくれたときは、ほ〜っとため息がもれました。

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釜石の復興住宅での公演に始まり、3チームが延べ9か所の仮設住宅を訪問して芸を披露し、お茶っ子タイムを楽しんだ3日間。7回目の訪問ということで、橋爪座長ほかおなじみの面々は各地にファンが集まっていて、落語は来ないのかい!?といった声が聞かれることもあり、その昔瞽女のような旅芸人を待ち受けるひとびとのざわめきはこのようなものであったのかもしれないとおもうのでした。


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二泊三日の旅は民宿と仮設住宅に一晩ずつお世話になりました。
底冷え、という言葉を実感。5年を経て耐用年数もきているプレハブにはまだおおぜいの方がお住まいです。見上げた夜空の満天の星は息をのむほど美しく、けれど人里離れた暮らしのさびしさを口にされないことがいっそうせつなくかんじられます。


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3.11の津波は若い世代の人口減をさらに推し進めることとなり、取り残された高齢者の生活支援はまちをあげての課題となっていました。釜石支援センター望の活動も、被災者支援の枠を超えて高齢世帯全般の生活支援に向けて舵をきることが求められている、そのために福祉の専門家として息の長い活動を見据えていると海老原さん。お忙しいなかお時間を割いていただき、ほんとうにありがとうございました。釜石支援センター望のスタッフ沢田さんには特注の珈琲豆で挽きたてのコーヒーをごちそうになりました、大正琴を教えて20年になるという橘内さんのふっくらとした笑顔はどれだけみなさんを元気づけていることでしょう、たいへんお世話になりました。

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貴重な体験をさせていただきましたNPO法人むさしの児童文化協会さんに深く感謝申し上げます。これからもできることがありましたらぜひお手伝いさせてください、南京玉簾だけはどうにもむずかしそうですが、もうひとつくらいは紙芝居も覚えられるようがんばります。

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宮沢賢治の故郷として知られる花巻から遠野。銀河鉄道のイメージがあしらわれている路線ですが、東北新幹線はその地を切り裂く稲妻のように一瞬で駆け抜けてゆきます。「危険ですのでお下がりください」とアナウンス、ホームドアがあっても体ごと飛ばされそう、賢治のいう「しあわせ」は「ゆたかさ」は運ばれてきたのでしょうか。

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訪問中の1月29日、駅前で、スーパーの店頭で各社が号外を配布していました、春のセンバツに21世紀枠で釜石高校が出場決定!
地元キャラのカマリンも祝福しています!   
ときは後戻りはしない、それだけははっきりしていました。
すくすくと大きくなるこどもたちを見守るお年寄りもそれを承知しているからこそ、この1日を笑顔ですごしておられるのかもしれません。
おいしい釜石ラーメン、鳥のから揚げ、新鮮で甘いお刺身に焼き魚、ごちそうさまでした。
降り注ぐような満天の星空も忘れられません。


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またきっと、あの煙突のケムリに会いにゆきます。    

※掲載の画像は釜石、大槌の海辺と旧役場前のものです。泊めていただいた仮設住宅、訪問した仮設住宅のみなさんの画像を承諾をいただいて掲載しています。同行した杉並学倶楽部のライターさんが連れてきてくれたなみすけ人形はどこでもかわいいと人気でした〜パペットを手にみなさんと一緒に”ボケない音頭”を歌い、こころを開いて交流できたことがなにより楽しいひとときでした。釜石支援センター望はじめ、関係者の皆さまに深く感謝いたします。
author:信愛書店 en=gawa, 01:36
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